カテゴリー別アーカイブ: 未分類

3月27日

型(套路)や形が綺麗なのは素晴らしいことですね。周りから褒められることも多く、自信にもなるでしょう。しかしそれだけだと…何だか物足りなくなる。そういう方はもともと始めた動機と『綺麗』とは違ってたのかもしれませんね。そこから本質である勁力を求めていくことはそれまでの『綺麗』だけという性質からは大きく方向性が変わる、つまりは価値観の転換なので「こんなはずではない…」、「もっと出来たはず」となるのも自然です。それでも継続して工夫していかなければ方向性の転換は無駄になりますね。例えばですけど…幼い頃に綺麗な自転車が欲しくてやっと買ってもらえた。見てるだけから乗ることへの変化です。…なかなか乗るようになれなくて苦労して練習して…、ある時に『ふっ』と乗れる様になる。武術の場合はこの乗れる的な能力はどんどん上のレベルがあってこの過程の繰り返し、自身が満足しない限り終りはありませんがニュアンスは似てます。

ブガクレンでは生徒の方を募集しています。ブログのメニューからホームページに入って『お問い合わせ』フォーマットでメール頂くか直接太田までご連絡下さい。(tel)09017635450

最中の中身

割と単純なやり方で沈墜勁や十字勁が体感できるカリキュラムができました。しばらく基礎を養成すれば初心者から大丈夫でしょう。しかし体感できても一人でもう一回やったら出来なかったとか単純な攻防の中でも全く無理とか…。そりゃそうです、あくまで入口の紹介みたいなもんですから。そこから自身で地道に練習、インプットだけ 続きを読む 最中の中身

カニかエビか

『八極拳は蟹なんだよね…』昔、李老師が言われたことがある。人の身体は腕は横から出てる、足も股関節は大分と外側よりにある。八極拳の動作からすれば確かに横方向に向けて力を出しやすい、横向きの強い勁道…確かに蟹だ(笑)。弓歩やら小馬歩でも同じように蟹で使う。これは良いなぁ…と当時はカニ式の八極拳で練習してました。さて…今ふと思った、ならば形意拳や心意六合拳は海老かな?まあ、そっちは門外漢なんで良く分からないからやめときましょうか。理論的に似た部分があっても当然ながら大きく違うところもある、面白いなぁ。

岡山総合グランドの練習

最近は月に一度は岡山総合グランドで練習してます。先週の日曜日もやってました。たまたま声を掛けて下さった方がいて『ジ〇〇〇〇ですか?と問われるので、『長春八極拳です』とお答えしたところ意外な…というお顔をされていました。そうですね、確かにたまたやっていたことはDVDなどで紹介されている使い方とは違う感じでした。しかし李老師ご本人もDVDとは違う感じの使い方をされる場合は多々ありますよ。譚師爺も師叔の方々も皆さんそれぞれです。八極拳はこんなはず…は実は誤解なんです。かつて私は老師から『自分の拳風(風格)を出すように!』と指導を受けました。八極拳の勁道なり、挨帮擠靠、崩撼突撃とか基本ラインがあるのでそこからズレていなければ『どう使うか?』はその人の自由なわけですね。体格の良い方、リーチ、体重、力、素早さは利点ですが、無いのならないなりに八極拳を運用するのが『個人商店的…な(笑)』わけです。量産タイプではない各々の拳風ですね。声を掛けて下さった方ありがとうございました。いつでも来てください、練習しましょう、歓迎しますよ。

中国武術入門 日々の練習

現代社会は忙しくてなかなか大変ですよね、練習時間が思うように取れない方もおられます。もちろん毎日しっかり練習するにこしたことはありませんが、前回書いた通りで身の丈に合わせた練習量、モチベーションを持続させる(八極拳が好きであるという気持ちのキープ)ことの方が大事でしょう。練習内容もサーキットトレーニング的に数をこなすとか、ただ套路の練習に時間をかけるとかではなく勁を探ることに神経を向けた方が良いと思います。私個人の見解ですが、そういう角度から見れば多くの門派が割合こそ異なりますが、馬歩や站樁など腰を落として深く呼吸、外見上は静止した状態で身体をまとめて内側から勁を探す練習。また、身体をまとめてゆっくりと重心移動を行いながら手足を動かして呼吸と動作を一致させ勁道を探る、練る(動功)の練習。単式、硬功夫などの瞬間的に身体をまとめて発勁、爆発力の練習の大まかに三種の方法がありますね。どれが大事とかではなくて、各々の身体の調子や考え方、門派の特徴、風格が関係すると思います。八極拳の場合は単式の割合が多いでしょうか。しかし、霍慶雲公は易筋経(八極軟架)を重視されておられて、他に小架も二時間練習されていたという話を聞いたことがあります。また、長春の冬で特に寒さが厳しい日には逆に短時間の練習ですませたこともある…という話もありましたが。要は自分自身の考え方次第なわけで、譚吉堂師爺の言われた『如何に学んで、如何に練習して、如何に使うか』という言葉になるのでしょう。毎日同じ内容じゃなくても良い。同じ時間帯、量じゃなくても良い。その時々のテーマがあっても良い…です。自分なりで良いのです。

※武学練用舎は岡山で活動している中国武術 長春八極拳の団体です。http://www.bugakuren.com/

震脚不要論?

震脚は必要だろうかということです。中国武術の技としてはもちろん相手の足の甲を踏みつける、崩して膝、膝裏を蹴る、踏みつける。或は倒してから踏みつける…ですね。まあ結局必要なんですね。しかし、単式練習なり套路なんかの練習でバンバン地面を踏み鳴らすのは果たして必要でしょうか?表演なんかでよく見かけますね。バンバンした方が見栄えは良いですから…、かく言う私も昔からバンバンやってきたので自分で『何を今さら』と突っ込みたくなります(笑)。今でもたまにバンバンやりたくなります。しかし勁力を考えたら練習としては疑問が残ります。八極拳の動作で足首を捻って着地させるのが『闖歩』ですが、ここ数年で私も自然とバンバンしなくなりました。もともと譚師爺はバンバンはされてませんでした。それは他の師叔も同じ、李老師もご自分の練習の時にはあまりバンバンされてないことが多々あったように見えます。私は今はバンバンしないように工夫を加えたやり方にしています。筋肉の緊張の使い分けみたいなものです。伸筋と言っても伸ばす運動を行う筋肉、筋肉それ自体は縮むことしかできません、伸びるわけない(笑)。屈筋は逆で曲げる時の運動。よくよく考えれば分かるのですが、勁力が開放されるには身体の一部分が過度の緊張、つまりロックしていたらどうにもなりません。足をバンバン地面に叩きつければ作用に対して反作用でその分は返ってきます。身体は当然ながらバランスの面から踏ん張ろうとしたり、守ろうとして足裏から足首、大腿、股間にかけて緊張するのです。『震脚の大きさと功夫の大きさは比例する』、昔からよく雑誌などで書かれていたことです…、勁道が貫通していればそうでしょうし、バンバンやることが好きな人も多いので否定はしていません。あくまで勁力の獲得を目的にした練習の効率からの個人的見解なので。どうせなら楽しんで練習しても方向性を持ちたいですね。八極拳だけでなく内家拳にも『三節論』なるものがあります。昔、某中国武術専門誌で尚氏形意拳の記事がありましたがそこにも詳しくありました。八極拳と全く同じです。身体の場合は頭が葉、身が枝、足が根。足そのものになると腿が根、膝が枝、、脚は葉。逆なんですね、つまりは相関関係。勁力が貫通して、この場合沈墜勁を目指すならそれぞれが歯車のように同期して伝えなければなりません。そのためには筋肉のロックは禁物。蹴るにしても震脚で踏みつけるにしても闖歩するにも研究すべきポイントでしょう。爆発力は八方にと教えられますが、八と言っても中国の文化的な縁起からの八なので実際は上下左右前後になります。自然に…なんて簡単にはできませんよね、集中力を保ったリラックス(ファンソン)はつまりは緊張のコントロールなわけです。汗をかく練習が一番なのですが闇雲では『白流汗』になりますからね(今回の話はあくまで八極拳の震脚、形意拳のコンポなどは指してません)。

※ 最近、月に一度は岡山総合グランドで練習してます。次は8月2日、日曜の9時からです。興味のある方は声を掛けて下さいね。

武学練用舎は岡山で活動している中国武術 長春八極拳の団体です。http://www.bugakuren.com/

バランスと力み

よく腰痛の原因は人間が二本足で立つようになってから…と言われます。四本足で安定していた状態から二本足ですからね、お猿さんも二本足の時は何かぎこちなくてヨタヨタしてますから分かりやすい。我々も相手と組むとバランスが取れなくて固まってしまいます、ついつい相手に寄りかかってしまいますよね。それだけでなく一人で套路(型)の練習をしていても、上半身が力む、固まる場合もあるわけです。これは特に胸を開いたり、腕を振ったりしながら重心に移動を行っている時に健著になります、玉乗りしているようなものですね。一番の原因は下半身の筋力不足や安定性の欠如ですが、もっと本質的な原因はバランスがとれてないわけです。無意識にバランスを取ろうとして、身体の一部分に緊張が起こるのです。結局のところフィードバックして身体の軸を意識(立身中正)、頂頭や沈墜勁、十字勁などを働かせるように意識するのですが、これはつまり上下前後左右に向けて引っ張る、同時に逆に中心に向かう力の意識で他の内家拳で言われていることと全く同じことになります。中国武術の理論的な部分(八極拳で言えば三盤合一とか六合)は身体の統一という面からみればバランス的な側面もあるわけです。あくまで、違う角度からの見方であって六合=バランス、勁=バランスの意味ではありませんが…。

武学練用舎は岡山で活動している中国武術 長春八極拳の団体でhttp://www.bugakuren.com/

長春八極拳易筋経 後編 アメブロからのつづき

アメブロ『六合のブログ』からのつづき

易筋経の『易』の意味は辞書にあるとおり『変える』ということでしょう。易筋経で筋、筋肉の性質を変えて勁道をつくる。実際は不随筋まで意識で細かく動かせるよう細分化して力を効率よく伝えるようにうなるということなんでしょうか。ならば、易骨経、易髄経はどうなんでしょうか?長春八極拳の易筋経はもともと少林派のそれとは関係ないからでしょうか、正直なところ私個人はその名称を聞いたことはあっても易骨経、易髄経については分かりません。しかしながらある太極拳の派では『発勁は骨で打つ』という秘訣があると何かの記事で目にしました。普通に考えても相手に打てば作用に対して反作用が働き、反動が返ってくる。効率よく打つならばこれを支えなければならない…、どうやって支えるか?骨格でしょう。筋肉は骨にくっ付いてますしね。最近は古武道の方々も骨格に注目されているようです。これは理に適っているということなのでしょう。打つだけでなく全ての動作に関係してくるのだと思います。武術的に考えれば易骨経も易筋経と同じ套路で追求するのが良いのかもしれません。さて、蛇足です。易髄経(洗髄経)はいわゆる道教(仙道)の内丹功に関係しているとその方面の方から聞いたことがあります。更に深く気功になってくるんですね。よくテレビの海外映像で台湾の方々が男〇器でトラックを引っ張っているあの映像です。これ以上は全く謎なので興味のある方は台湾にいってみるのも良いのではないでしょうか。

武学練用舎は岡山で活動している中国武術 長春八極拳の団体です。http://www.bugakuren.com/

 

牛一頭

日本武道ではよく『たたみ一畳分の広さで練習する』という事を言われます。実は中国武術でも同じように『牛一頭寝た広さの練習』を言われます。狭いところで練習することは身体操作の能力を高めることになります。大きな動作をしないで練習する、つまり無駄な動きをしないで攻防、また『初めは大きく展開するように、後に小さくまとめていく』と言われる練習方法にも繋がって行くわけです。また、歩法も埋歩、換歩など調整しながら行うことで間合いの鍛錬にもなる訳です。最終的には大きな動作をしないで発勁する、つまりは暗勁ですね。私の長春時代、ある時に体育館内の練習であまり歩法(闖歩)や震脚を使ったりして大きな音をたてられない事情あったのですが、ある師伯はほとんど大きな音も立てず激しい動作もしないで自然に練習しておられました。確かに実際に相手と組んだ時にはいちいち震脚したりしないのですが、当時は四苦八苦した覚えがあります。ちょっと脱線しましたが、人によっては『練習場所がない、大きな動作や物音をたてられない』状況から発想を転換して、そういう場所で敢えて練習することで効果をあげるという話です。

武学練用舎は岡山で活動している中国武術 長春八極拳の団体です。http://www.bugakuren.com/

 

脱力か自然か

武術や武道、スポーツだけなく他の分野でもよく『力を抜く』ということを言われます。実際には脱力しすぎのフニャフニャで用をなしていなかったり、その逆だったりですね…。いろんな場面に遭遇してしまいますが、長春八極拳では『力を抜く』とか『リラックス』という表現で指導されたことはありません。そういった場面で言われる言葉は『自然に』です。なんだ…同じだなと思われるかもしれませんね。

『ありのまま…、意識しない、無理に力まない』と理解してよいと思います。一人で行う套路(型)の練習だけでなく、相手と組んだりして技を掛ける、掛けられる状況下で身体に負担がかかっているのに『自然に』ですから、いわゆる通常のふにゃふにゃの脱力の意味ではないですね(笑)。しかも基礎のころから立身中正とか含胸抜背などを身体に染み込ませて六合を練習するなかで、更にですから。意味はかなり深いのです。なんか一般的な八極拳の剛イメージと異なりますね、まるで内家拳のようです。八極拳も内家拳も同じ武当派ですから似てるところがあっても当たり前な訳です。