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易筋経=軟架子の続き

長春八極拳でこの易筋経=軟架子はとても重要視されています。もうずいぶんと昔ですが長春から日本に帰る前、この易筋経を練習してると劉師叔に「これは八極拳の奥義なんだから、日本に帰ってあんまり人に見せるんじゃないゾ…」って言われた記憶がありますね。実際のところ拳譜にも「八極拳の奥義の一つ」と明記されてますね。純粋な柔法であり、爆発動作の多い八極拳の欠点を補うものであること。緩慢に、意念四稍をもって筋には暗勁を含ませ、動作の起伏転折と呼吸を合わせることで効果が出ると言うことです。李書文~霍殿閣、深いですね。

易筋経=軟架子

長春八極拳の易筋経は別名「軟架子」、霍慶雲公が生前に仰っていたとされるお話「李書文が夜な夜な練功していた軟架子」のこと。十数年前に李英老師にお供させて頂いて長春に行った際に、李老師の師兄で譚吉堂師爺の開門弟子である孫生亭師叔(故人)はこの易筋経について「長春では長い間、少林拳の高仙雲が伝えていたとされていた。私は高仙雲の孫に会いに行ったが、易筋経は持っていなかった。つまりはこの話はウソである。また、長春の易筋経は少林拳の易筋経の座法、臥法、立法とは大きく異なり、革新的な動功となっている。結局、全くの別物なのである。」と仰ってました。個人的には李書文が作ったのかな(更に霍殿閣が改良?)と思ってます。名称が少林拳にある易筋経となっているので怪しく思う方がいらっしゃるかもしれませんが、実際の套路は八極拳、劈掛掌、太極拳の動作からなっており、それぞれ技を編んだ形になっています。長春八極門で本来は八路からなりますが、譚吉堂師爺の軟架子は後半七、八路の馬歩からなる複数の動作、腕立て伏せの動作などの技と言うよりは鍛練的な動作を削除して、必要な動作、また新しく創った動作は五路に組み込み全体としては六路に整理されてます。これは譚師爺の口癖「没有用=役に立たない」の通り、套路を技を編んだものとして見てるためです。武術として練習の時には呼吸、姿勢、三盤合一、六合、三節論、内外五行、特に四梢、それに一番のポイントとして「意念」、これによって勁道(暗勁)を抽出して技とします。かつて譚吉堂師爺は「易筋経の力と八極拳の爆発力を融合させるのだ!」と仰ってました。便宜的に易筋経の名称が使われたのは学習者に分かり易くするためではないかと思われます。易は改変することだそうですから、套路を練ることで易筋経、易骨経、易髄経(洗髄経)としていく。気が筋肉から骨、骨髄まで貫通して本来は動かせない部分まで使える様になる。現代風に言うところの「身体操作」を意図として伝えたかったのではないでしょうか。なので長春では套路の単式動作を抜き出して部分的に繰り返し練習する場合もあります。いわゆる道教の練精化気、練気化神、練神還虚ですね。もちろん健康法としても最高のものです。

練功器具(硬功夫)

長春八極拳の練功法には有名な鉄砂掌以外にも器具を使った練習方法が存在します。他の門派でも行われる樹木を使って打ったり蹴ったりする打樁、壁に体当たりする靠山壁以外にいくつか紹介すると刁球(粘土で五指の入る円筒状の形の物を作り手首、肘、肩に負荷を掛けて丹田からの勁力を養成する練習)。拧掃箒把(竹の枝を束ねて針金でまとめた捻り棒)。绷弓(竹をバネとして複数使って連結させた目標の板を拳で打つ練功器具でどことなく巻藁を発展させたような印象があります)。

掌板(かつて譚吉堂師爺が練習されていたとされる練功法で地中にまで入っている分厚く重い板を掌で打ち上げる練習)。

煽球功(趙平師叔のされていた練功法、買い物籠のようなバスケットの形の入れ物に小石を詰めて、それを指で引っ掻けるように提げながら打ち出す、或は掴む練習)。塌板(東北三兄弟の一人、趙平楠の行っていた練功法でシーソーの形態の器具で、練習者の反対側に土嚢のような重りを付け、練習者側の持ち上がってる板を叩き落とす練習(金剛ハ式の伏虎))。木桩=木人(カスタマイズとして硬いスプリングに取っ手を付けて握って捻ったり、反動で腹部を打ち付け排打功を練習)。木人は他に抱肘、大纏、外把樁など練習の範囲が広かったようです。

かつて譚吉堂師爺は「どう学んで、どう練習して、どう使うか」と言うことをしょっちゅう言われてました。その言葉をお借りすれば、これは開発者が技として「型(単式)をこう使いたい」という目的から、逆算して「ならばこう練習する」という考えで練功器具を作っていったと思われます。実際に李英老師は長春でもともと袋を吊り下げて打ったり蹴ったりするタイプの鉄砂掌の練功を、袋からボクシングで使われる革製のダブルのパンチングボールに改良されて成果をあげられてます。他にも故孫生亭師叔の著作「長春八極拳全集」には沙包功、吸球功、抹板などが紹介されています。もともとは練習の効率が上がるよう霍殿閣が創ったものですが、それぞれの技のためにそれぞれ数だけどんどん発展したものと思われます。もちろんスタートは筋力的なアップからですが、目的は勁力、勁道、身体操作であるのは明白です。なので現代に置き換えれば木刀でも鉄の棒でも1本歯下駄でもサンドバッグでも本人が「こう技を使うから、こう練習する」に当てはまればそれで良いと思います。